誕生日は終戦記念日 ー平和と戦争への思いー

 

少し前になりますが、

誕生日を迎えてまた一つ年をとってしまいました/(^o^)\

 

月日の流れには逆らえず、立派にアラサー走ってるな~と静かに実感しております。

もう誕生日を喜べない年になりました。

人生怖いね。

 

 

そんな感じで、個人的な話ではありますが…

今日は私の誕生日エピソードを綴ろうと思います。

 

 

タイトルにも書きましたが、

私は日本では終戦記念日と言われる日に生まれました。

 

第二次世界大戦が終わりを告げた日。

韓国では日本の統治から解放された光復節ですね。

 

 

Twitterに何気なくこのネタで投稿したのですが、皆様の反応にはっとしたところがあり、

ブログで記事にもしてみようと思って今これを書いてます。

 

 

子どもの頃はというと、

お盆の時期でもあるので、毎年父の実家である宇都宮で誕生日を過ごしていました。

 

 

誕生日って特別だし、

みんなこの日だけは優しいし(笑)、

プレゼントはもらえてケーキを食べられて…と毎年楽しみにしていたのですが。

 

 

幼いながらに複雑に感じていたことがあるとすれば、

それは「終戦の日」ということでした。

 

 

テレビをつけると、家族みんなで黙祷を捧げたり、

戦争の悲惨さを伝える特集がやっていたり、

可愛い絵柄だな~と思ったアニメが、実は戦争を描いた作品で、

人が死んだ有様を恐ろしく描写する場面が出てきたり。

 

また、両親が広島の原爆ドームや、鹿児島の特攻隊記念館にも連れて行ってくれたので、

時に悲しくて泣きました。

ほんとに。

 

 

 

なので、

誕生日は「嬉しい」と思う反面、

「悲しい気持ちになる日」

でもありました。

 

 

自分の幸せな日常が、こんなふうに火の海になって、家族や友達が死んで、と思うと、

なんて恐ろしいのか、まるで地獄だ、

もしも自分の身に同じことが起こったら…

と、想像さえつきませんでした。

 

 

 

「なんでもっと別の日に生まれなかったのか…」

 

と真剣に考えたこともありました。

 

 

 

そんな中、

 

子どもの頃、自分を産んでくれた母親に、

 

「戦争のことばかり考える誕生日なんて悲しいよ」

 

と言ったことがあるのですが、

母親から返ってきた言葉はこうでした。

 

 

「悲しい戦争が終わった日だから、平和の日でもあるんだよ」

 

 

ああ、そうか。

今日は、平和の始まりの日でもあるんだな。

 

その時から、自分の生まれた日を少し肯定的に考えられるようになりました。

 

 

 

 

時は流れて、摂理に出会い、

 

鄭明析牧師(先生)のことを知るようになりました。

 

 

先生は1945年3月16日に生まれました。

この年に韓国は日本の植民地から解放され、

第二次世界大戦は終わりは告げ、平和が訪れました。

 

さらに、平和を維持するための国際連合も同年に設立され、

世界的に平和に向かう歴史が起こり始めました。

 

 

「神様が遣わす人は、平和の主人です」

 

 

本当にその通りだと思います。

「福音」を携えてくる人が、まさに平和の人ですよね。

 

 

悲しく残忍な戦争が起こることは神様は望んでいないけれど、

人類を平和の世界に導くために、

戦争も神様が治めているんだなと感じます。

 

 

 

 

ここまで気付かせてくださっただけではなく、

 

神様は、先生が初めて日本に来た年に、

私が生まれるようにもしてくださいました。

 

私が終戦の日に生まれたことも、

先生に出会って神様に出会ったことも、

 

決して偶然ではなかったんだと思います。

 

時をこえて、幼い頃の私の思いに神様が応えて下さったと確信しました。

 

 

 

多くの犠牲と悲しい歴史の上に、私たちは存在し、幸せに暮らしています。

 

自分の幸せは、決して当たり前のことではなく、

自分ひとりで得たものでもない。

 

それを忘れてはいけない。

 

そして、絶対に平和を成して幸せになることが、私たちの責任です。

 

自分たちからまずは平和を成すことはもちろん、

国家の代表として立てられた人たちのために神様に祈ることは、決して無駄なことではありません。

 

必ずその責任を果たしていきたいと思います。

 

 

 

私の大切な人生のいきさつです。

 

改めてこの世に生まれたことに心から感謝します。

 

 

 

お読み頂き、ありがとうございました(^^)

 

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