生活の中で感じる人々の「うつ病」への誤解と偏見

 

「精神疾患」と聞くと、どのような印象を持つでしょうか。

 

「精神疾患」なので、何かメンタル的に問題があり、それが原因で不調が起きている…のは間違いはないと思います。

 

 

うつ病、双極性障害、解離性障害、統合失調症、パーソナリティ障害、不安障害、適応障害、etc…

 

とても多いですね。

ここからさらに枝分かれして分類されていきます。

 

 

 

私は「うつ病」の当事者として約2年間過ごしていますが、

当事者になってみて初めて知ることがあまりにも多かったです。

精神疾患に対して多くの間違った偏見を持って生きてきたんだなあと感じます。

 

 

一般の病気のように数値的に異常があって治療が必要…というのではなく、

「精神」なので、治療を行なう上で明確なボーダーラインは存在しません。

 

また、専門医でも慎重にならないと診断が難しいほど、上記のように精神疾患には多くの種類があります。

 

治療の進め方も医師によって違うので、患者にとっては不安もつきまといますが、

患者側の「回復したい」という心と、主治医の真摯に向き合ってくれる姿勢の両方があってこそ、良い方向へと向かっていくんだなと感じます。

 

 

 

今回、私が生活する中で感じてきた「うつ病」に対する誤解や偏見について簡単に書こうかなと思います。

 

ただ症状は人それぞれ違うので、あくまで私個人の意見として参考にして頂ければと思います。

 

 

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■以前自分が抱いていたうつ病への誤解

 

まずは私自身が過去に抱いていた偏見から。

イラストにしてみました。

 

このような状態。

とことん自分の存在を否定して自分で自分を絶望に追い込む図。

 

 

しかし実際に自分が発症した結果、起きたことはこちら。

 

 

または、こちら。

 

どちらかというと、圧倒的に後者が多かった。

泣くとしたら、動かない肉体を恨めしく思って悔しかった時くらいでしょうか。

 

 

うつ病は、希死念慮やまれに自傷行為が現れる人だけがなるものだと思っていました。

 

私は一切そのような考えは浮かんでこなかったので、自分は精神疾患とは無関係なものだと思っていました。

 

でも違いました。

 

多忙やストレスで自分を追い詰めると、誰でも病気になります。

ある時、何かがはじけたように体が機能しなくなり、経験したことのない体調不良が長期間やってくる。

人間の肉体には限界があることを悟りました…

 

 

 

■人々からの誤解

 

①「運動すれば改善する」と思われている

 

私が体調不良があると人に話した時、かなりの確率で「運動したら?」の言葉が飛んできました。

 

人間にとって運動は健康のために必要不可欠な要素なのは間違いないんですけど、

例えばインフルエンザにかかった人間に対して「運動したら?」と言うでしょうか。

「寝ろ」「休め」と言うのが正常な感覚かと思います。

 

「うつ病」はインフルエンザや骨折と同じだと思っているので、

特に急性期の人間に対して運動を勧めるのは根本的に間違っていると思います。

 

「気分の落ち込み」と「うつ病」は全く質が違います。

 

なんかもやもやするな~気だるいな~

ああ、失敗しちゃった…

 

とかなら運動を勧めて気分転換させるのは効果的かと思いますが、

うつ病の人の場合、むしろ悪化させることがほとんどではないかなーと。

 

私はもともとバスケ部だったので運動は好きでしたけど、

ほんとに体調悪いときは到底体は動かせませんでした。

 

 

②絶対的に薬が悪いと思っている

 

OD(オーバードーズ)は言うまでもなくしてはいけないことですが、

肉体や精神の苦痛が甚だしく重い場合には、必要な量だけ服薬することは私は悪いことではないと思います。

 

時々、当事者で「何が何でも薬は飲まない」と断固拒否をする人も見かけますが、

正常な社会生活が送れなくなっている状態なら、むしろ服用したほうが…と。

 

私の場合は両親や友人から「薬の副作用が原因なんじゃない?やめたら?」と結構言われてきましたが、

正直素人には判断できることではなく、「そんなこと言われてもなあ」と思ってました。

まともな医者なら薬を追加するときはきちんとその薬による効果や副作用も診察の時に説明するはずですしね。

 

うちの父は「薬を飲むからおかしくなる」というはちゃめちゃな発言したので、もはやスルーでした(笑)

 

 

あとは、「この薬がなきゃ生きていけない」みたいな中毒を起こすイメージをみんな持っているのかなって。

私も未だにその恐れは持っています。

 

なのでその心配は痛いほど理解できますが、しかし急性期の頃は「なんでもいいから楽にしてくれ」と思うしかないほど体がきつすぎたので(汗)、

そんなことを考える余裕はなかったです…(;・∀・)

 

私の主治医は必要な量しか薬出さないのと、常に減薬を視野に入れてくれる人なので、

指示通りにしていればいつかちゃんと薬がなくても生きていけるようになると思っています。

 

要は、前向きに治療するための過程・手段としての服薬であれば、決してマイナスではないのかなって。

 

ちなみに自己判断で急に断薬したら、離脱症状と言って、心身にあらゆる不調が起きて地獄です(経験済み)

 

 

③そもそも初めから「うつ病=非正常」だと思っている

 

「精神疾患」にかかる人は正常ではないと思う人がいます。

 

確かに、誤った考えによって行動が逸脱してしまったり、発言がネガティブだったり、そういうことも起こり得ます。

 

なので完全に間違っているとは思いませんが、

しかし「正常でない人」というレッテルを貼るのはやめてくださいって思います。

 

私自身のことで考えると、確かに自分を追い詰めた結果、自分でも知らないうちに病気になったというのは事実なんですけど、

だからと言って今後も自分が病気になったままの人間でい続けるつもりはありません。

 

むしろ病気になった経緯から今後どのように生きればいいのか学んだので、前には進んだなと思っています。

 

 

摂理にも、うつ病や双極性障害、適応障害など、様々な精神疾患を持っているメンバーがいますが、みんないたってまともです。

 

 

視点が変わるかもしれませんが、

そもそも精神疾患を引き起こしたのは、その人が遺伝的に持っていた性格もあると思いますが、概ね幼い頃からの環境的な要素が原因となっているので、不可抗力の場合も多いと思います。

自分がその当事者の境遇にいても無事でいられる、という自信は誰も持つことができないのではないでしょうか。

 

うつ病は条件さえそろえば、誰でもかかる病気です。

 

物事には必ず理由があるように、

人間の考えや言動もそのようだということを理解しなければと思います。

 

 

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以上、こんな感じで書いてみました。

 

私というかなり限定的な視点のものではありますが、

これを読んだ人の精神疾患に対する印象が少しでも変わったらいいなと思ってます。

 

 

このご時世、学校や会社の研修で精神疾患についての理解を深める時間を義務的に取り入れてほしいな、と切実に思ってます。

自分や相手の身を守るためにも。

でないといくら産業医を取り入れたところで時すでに遅しになりますよね。

 

 

そして何より、神様の考えをすべての人が聞いて、

自分という人が本当に大切だということに気付いてほしいなと思います。

 

私も鄭明析牧師から神様のことを学んでいなければ、今もうつの中で霊も肉も死んで過ごしていたことでしょう。

 

神様に出会い、持つべき考えを持てたことに本当に感謝します。

 

 

 

愛と平和があふれる世界になりますように(^-^)

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