発達障害ASDの友人から言われた言葉「りいちゃんは社会福祉士の目で私のことを見ているの?」

 

急なカミングアウトですが、

私はおそらく友人の数はそこまで多いほうではないです。

 

 

なんでかというと、

集団で動くのが苦痛で、マイペースで動きたかったから。

 

集団女子の長いおしゃべりも苦手で。

あと、そもそも価値観が合う人が少なかったです。

 

 

しかし周囲から「嫌われ者」と言われるのもまた嫌で、結構無理して頑張ってた臆病者でもありました。

 

 

そんな私と摂理の教会のみんなは仲良くしてくれるので、有り難いなあと思います。(ほんとみんなありがとう)

 

 

 

そんな私と仲良くしてくれる友人の中の一人に、

発達障害ASDの特性が強い子がいるんですね。  

 

 

発達障害というのは、

先天的に脳機能の発達やネットワークの繋がりに強弱がある状態だと考えられているものです。

 

大枠として現在は、

●ASD(自閉スペクトラム症)

●ADHD(注意欠如・多動性)

●LD(学習症)

の3つに分類されるようです。

それぞれの特性の説明は割愛します。

 

 

発達障害の方の特徴のひとつは、

あることは普通の人よりもかなり高いパフォーマンスを発揮する一方で、

苦手なことも多々ある…

そのように少し人よりもアンバランスな状態が生じます。  

 

個人差、個性があるので断定して「こうだ」と言うことはできませんが、

世の中で「生きづらさ」を感じてつらい思いをしている方が多いと思います。

 

個人的には「障害」という言葉はあまり聞こえがよくないんですけどね。  

 
 
 
 

私と仲良くしてくれている有り難い友人も、その特性から対人関係を築くのが苦手なようで、

周囲からあれやこれやと言われながら、しんどい思いをたくさんしてきたみたいです。

 

私は発達障害ではないとはいえ、

精神疾患を患った身として、 世の中での生きづらさについて彼女と腹を割って話したり、

楽しい時間を過ごしていたわけなのですが、

 

ある日、彼女が私にこんなことを言ったのです。  

 

 

「りいちゃんは、私のことを社会福祉士の目で見ているの?」

 

(私が社会福祉士としての立場で、その友人と関わっているのか、という意味)

 

 

私はうつ病になる前、社会福祉士として相談援助職をしていました。

 

自力で日常生活を送ることが困難になった要支援者を、必要なサービスや機関に繋げる役割。

 

 

この人は何に困っているか

何が必要なのか

どうしたらその人らしい生活を送ることができるのか…

 

 

そういったことをいろいろ分析しながらサービス調整するわけです。  

 

それをするためには当然その人との対話を深くして、信頼関係を築いていく必要性があるわけですね。    

 

 

彼女はそこまで細かく私の仕事内容は分からなかったとしても、  

 

自分の特性に対して、

 

社会福祉士の私が仕事をするかのように接しているのではないか

自分と一緒にいる理由は何かあるんじゃないか

 

と心の中で思ったみたいです。  

 

 

そう質問されたとき、なんだかすごく複雑でした。  

 

私は彼女のことを、

「要支援者」として見ているつもりも、

「面倒を見てあげている」というような感情もなかったのです。

 

ただ純粋に、ひとりの友達として接してた。  

 

 

しかし、私の態度から彼女に「仕事人」として振る舞う姿を感じさせてしまったなら、

それは友達ではありません。

ただの支援者です。

平素の私の態度が問題なわけです。  

 

 

確かに、発達障害という特性を理解することは大切です。

 

人よりすごく敏感だったり、どうしても世の中では「生きづらい人」として生きているのは事実。

 

何が好きで、何が得意で、何が苦手で、どんなふうに生きてきたか…

ちゃんと分かって接することが大切。

 

でも、それはごく普通の友人同士でも同じだと思うんです。  

 

 

世の中ではどうしても「発達障害」という位置づけの中で生きなければならない人々がいますが、

 

だからといって私はその人たちに、

変に「特別」扱いをしたいとは思いません。

 

 

「そう思わせてしまっていたら、ごめんね。

私はあなたを大事な友達だと思っているし、

私に大切なことを教えてくれた特別な存在だよ。

今は、『社会福祉士のりい』ではないんだよ。」  

 

 

ASDは、会話の中でニュアンスをキャッチするのが苦手。

 

冗談で言ったつもりが、実は深い傷を与えてしまうこともある。

彼女自身もその特性を分かって、

 

「はっきり言ってもらわないと分からないし、簡単にだまされちゃう」

 

と言います。    

 

 

だから、言葉でも文章でも、こうやって自分の気持ちを率直にしました。    

 

 

自分の気持ちをおさえて生きてきた私。

なんとなくの暗黙の了解の中で生きてきた私。

自分の気持ちを曖昧にして、誤魔化して、 本音と建前の世の中で息苦しかった私。    

 

 

でも、彼女のおかげで私は以前より、

自分の気持ちを素直に伝えられる人になれたと思います。

そして、「もっと素直でいいんだ」と思えるようにもなりました。    

 

 

 

神様が一人ひとりに与えてくださったふたつとない個性が、

どうか実を結びますように。

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