1年前の日記帳を開いてみた ― 過去と現在と未来の自分へのメッセージ

 

 

私は2010年11月から日記をつけています。

 

毎日欠かさず、はできていませんが(汗)

 

でもよく続いているものだなあと思います。

 

 

ちなみに私は昔、遊び呆けていた人間だったもので、

当時の日記は読むと自分でも衝撃を受けてしまうので、読みません。読めません。

(もはや捨てようか迷っている)

 

 

それはまあ良いとして、

 

先日、

今からちょうど1年前は何をしてたんだろう?と思って、

 

去年の日記帳を開いてみました。

 

日記によると、

 

去年の今頃、ちょうど体調不良のピークで、

実家で療養し始めていた時期でした。

 

全く動けなくなったので、「これは死ぬ」と本気で思ったのを覚えてます。

 

それで実家で療養する決心をしたのでした。

 

 

いくら休んでも服薬管理をしても回復せず、

通院するのもやっとで。

 

主治医から「入院も視野に入れよう」と言われていたのもこの頃。

 

 

「体調が悪い」「つらい」「食べられない」

 

等々の文字が毎日のように並ぶ私の日記。

 

実家で家事をほとんど母親に任せておいた状況でしたが、

結構追い詰められていた様子。

 

 

「今日は、買い物に行けた。感謝。」

 

 

今では当たり前にできていることが、

 

去年の私は命がけだったんだな。

 

当時の苦痛を今思い出そうとしても、半分も思い出せているのか自信がない。

 

喉元過ぎれば熱さ忘れる

 

その言葉を思い出すしかありません。

 

 

でも、

 

「絶対に治る、大丈夫」

 

その文字もたくさん、並んでいて。

 

 

つらかった頃の自分に声をかけるとしたら、

 

「その確信を捨てないで。

絶対に治る、大丈夫。」

 

なのかなあ。

 

 

今は、あの頃とは比べられないくらい、

とても元気になった。

 

外にも出られるし、食べられるし、つらくない。

 

だけどまだ、病気になる前のように活動できるかといったら、実はそうではない。

 

服薬もしているし、

すぐに疲れるし、

夜は薬を飲まないとうまく眠れないし、中途覚醒を繰り返してしまう。

なので就労許可も、まだ降りてない。

 

だから、

 

「絶対に治る、大丈夫。」

 

1年前に抱いていたその言葉を、今もまだ繰り返す。

 

 

 

だけど、同じ言葉だったとしても、

 

過去と同じ苦痛と状況の中での言葉ではない。

 

確実に前進して、希望を抱いていることは間違いなくて。

 

 

ゆっくりでも、「治って」きていることが、

とても嬉しくて、感謝なのです。

 

 

過去の自分に、恥ずかしくない生き方をしよう。

 

そして、毎日前進できる生き方をしよう。

 

そばで見守ってくれる人たちや、神様への感謝を、毎日忘れないでいよう。

 

 

うつ病は体調の波を繰り返しながらしだいに良くなっていくので、

もしかしたらこの先も、具合が悪くなる可能性もゼロではないけれど。

 

 

来年の今頃の自分から、

 

「大丈夫、良くなったよ。

もう、心配いらないよ。」

 

と、言ってもらえるように。

 

 

何より、私を支えてくれた全ての人たちに、

 

早く元気になって、精一杯の恩返しができるように。

 

 

しっかり生きます。

 

 

(^-^)

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