39度の高熱、直前まで点滴…それでも檀上に上がる鄭明析牧師

 

今日の主日礼拝、本当に圧巻でした。

 

 

私は減薬の影響で、頭痛、吐き気、胃の不快感がひどく教会には行けなかったので、自宅で御言葉を聞いていたのですが、

 

開始時間が30分ほど延びました。

 

 

どうしたのだろう?と思っていたら、その理由を生中継の中でチョウン牧師が話されました。

 

 

昨日まで39度の高熱があった鄭明析牧師。

さらにギリギリまで点滴の治療を受けながら過ごしていたと。

 

 

普通に考えたら説教なんて無理な状況の中で、

鄭明析牧師は壇上に上がり御言葉を伝えてくださいました。

 

それもいつもより長く、そして力強く。

 

注射も打ったそうですが、打たれた感覚がないほどに肉体が疲弊していたそうです。

 

 

 

「気持ち悪い、吐きそうだわ…」

と思いながら自宅のベッドで横になっていた自分が本当にちっぽけでした。

 

 

 

誰しも無理して仕事したり、人のために働いたりすることはあるとは思いますが、

果たしてここまで命を削ってできるだろうか…

 

 

一体どんな言葉を選んで先生に声をかけたらよいのか分かりませんでした。

 

 

 

そこまでして御言葉を伝える理由って、

 

「御言葉」が「人」の言葉ではなく、「神様」の言葉だから

 

なのかなって、足りない私の頭で考えます。

 

 

世の中にも良い言葉はたくさんありますが、

人間の精神を少し良いものにする次元で終わります。

 

 

しかし「御言葉」は人間の精神だけではなく「霊」を変化させます。

 

「霊」は永遠に生きる存在です。

 

その「霊」を素敵に作ることができるのは、ただ「神様の御言葉」だけです。

 

 

だから私たちは生活を投資してでも御言葉を聞きに教会に通います。

 

 

 

 

生きていく中で、何が一番価値があるのか、「本物」は何なのか、

はっきりつかむ人にならなければと感じました。

 

人間の値打ちは精神、間違いない事実です。

 

それを命をかけてあらわしてくださる存在に出会えたことに感謝します。

 

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